空雨傘とシナリオプランニング

 組織の中やセミナーなどでシナリオプランニングに取り組むとき、いきなりシナリオをつくるのではなく、シナリオの使い方を十分に理解してもらうために、弊社で作成したシナリオを読んでもらうことがあります。

 毎回まったく同じものを使うのではなく、通常、読んでいただく相手にあわせて新たに軸をつくったり、選びます。

 言い換えると、いきなり幅広い世界を見てもらうわけではなく、その人たちにとってなじみのある世界における不確実な変化の可能性を見てもらおうと考え、つくっています。

シナリオプランニング体験時のよくある反応

そのようなシナリオを使ってワークショップをやると「なじみがあるから、とっつきやすそう」という第一印象を持つ人もいれば、「こんな外部環境要因は、とっくに十分に考えている」という第一印象を持つ人もいらっしゃいます。

 しかし、後者のような人が考える対応策を聞いていると、外部環境要因がもたらす現象の裏返しのような対応策になってしまったり、よく考えられた場合でも、具体性を欠いた、対応策というよりも「方針」のようなものにとどまってしまう場合があります。

「空雨傘」の基本 

そこで、お話しするのがコラムのタイトルにも書いている「空雨傘」の話です。

この「空雨傘」とはマッキンゼーで使われている(と言われている)思考の枠組みです。そのため、コンサルタント向けの転職サイトなどでよく紹介されている他、人に説明するためにも使えるフレームワークとして紹介されることもあります。

 ご存じの人もいらっしゃると思いますが、「空雨傘」とは、

  • 空【状況】→(例)空を見上げると黒い雲が迫ってきている
  • 雨【解釈】→(例)そのうち雨が降る可能性が高い
  • 傘【対応】→(例)雨が降ってきたときに備えて傘を持っていこう

という思考の流れを表したものです。

なぜ「空雨傘」が重要なのか?

この枠組みを初めて知ったとき、若輩者だった私は「なんだ、そんなもん、当たり前じゃないか」と思ったものでした。

 しかし、いざ、自分の思考を客観的に眺めてみると、こんなに精緻に考えているわけではないことに気がつきました。特に多いのが真ん中の「雨【解釈】」が抜けること。

元となっている空雨傘の例を想像してみてください。みなさんは、普段の生活の中で上で書いているように、きっちりと3つに分けて傘を持っていく状況を判断しているでしょうか?少なくとも私は、最初の2つ、つまり「空雨」を一緒くたにして一気に解釈し、「傘」という行動を選択しています。

 もちろん、傘を持っていくという判断であれば、それで何か支障をきたすことはないでしょう。

 しかし、実は日常のあらゆる場面、そしてビジネスの場面でも、この「空【状況】」を観察することと、それを元に「雨【解釈】」を考えることを明確に区別せずに対応を考えてしまっている人が少なくありません。

 それが上で書いた「外部環境要因がもたらす現象の裏返しのような対応策」や「具体性を欠いた方針のようなもの」につながっています。

「空雨傘」で考えるキャリアの将来

  わかりやすくするために、明らかにダメな例を出してみましょう。

 個人のキャリアを考えるためにつくったシナリオの軸として「生成AI」を使ったとします。

 ここで「空が暗いから雨だろうな」と一緒くたに考えてしまう頭の使い方、つまり「空【状況】」「雨【解釈】」を区別せずに考えてしまうやり方をすると、「生成AIによってあらゆる仕事が自動化されてしまう」というようなありきたりな考えしか生まれません。

 そして、このような考えを元にした「傘【対応】」も「だから今からAIの勉強をしよう」というようなありきたりな案にとどまってしまいます。

 そうではなく、次のように空と雨を分けつつ、それぞれを丁寧に考えてみるのはどうでしょうか?

  • 空【状況】→生成AIが今はどのように使われているのかという事実や、今後どのように使われるのかという可能性といった状況を把握する。
  • 雨【解釈】→今の自分の役割や業務を念頭において、事実や可能性を当てはめ、何がどう変わる可能性があるのかを解釈する。

 このように考えたあと、自分のキャリアにつながる傘【対応】を考えようとすると、より具体的なものが出てきそうだと思いませんか?

シナリオプランニングの本質は考えること

 シナリオプランニングをやろうとすると「新しいツール」だという認識が先行するからか、表層的にツールの進め方に従うような取り組み方をする人が少なからずいます。

 しかし、シナリオプランニングも、今日ご紹介した「空雨傘」も、本質は「考える」ことです。

 そのためツールやフレームワークの説明を聞いてわかったつもりになるのでは本末転倒 です。自分の普段の頭の使い方を客観視し、それらツールやフレームワークが求めているようなレベルで精緻に考えることが当たり前にできているかどうかを意識しつつ、中身を考えていくことがあるべき姿ではないでしょうか。

 ツールなどを表面的になぞって満足するのではなく、それらをとおして自分の思考の枠を見直し、その枠から抜け出すようなアイデアを考えることが、シナリオプランニングでやろうとしていることなのです。

コラムで取り上げているその他の話題

2-外部環境要因リサーチ 3-重要な環境要因の抽出 4-ベースシナリオ作成 5-複数シナリオ作成 5フォース 6-シナリオ詳細分析 7-戦略オプション検討 DX SDGs 『実践 シナリオ・プランニング』 『進化思考』 アイデアソン イノベーション オンラインワークショップ コンティンジェンシープラン シナリオプロジェクトマネジメントモデル シナリオ作成プロセス ジョブ理論 チームビルディング デザイン思考 ネガティブ・ケイパビリティ パターン・ランゲージ パーパス ビジネスモデル メンタルモデル リーダーシップ リーンキャンバス レジリエンス ロジックモデル 不確実性 事業開発 仮説検証 対話 悪魔の代弁者 成果 成果物 戦略 戦略的対話 文化開発 未来創造ダイアローグ 焦点錯覚 現状分析 社会構成主義 組織学習 組織資源

コラム執筆者:新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役

東京外国語大学大学院修後、SAPジャパン、情報通信総合研究所(NTTグループ)を経て、現在はシナリオプランニングやプロダクトマネジメントの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。

Saïd Business School Oxford Scenarios Programmeにおいて、世界におけるシナリオプランニング指導の第一人者であるRafael Ramirezや、Shell Internationalでシナリオプランニングを推進してきたKees van der HeijdenやCho-Oon Khongらにシナリオプランニングの指導を受ける。

その内容を理論的な基礎としながら、2013年の創業以来、日本の組織文化や慣習にあわせた実践的なシナリオプランニング活用支援を行っている。

資格として、PMP(Project Management Professional)、英検1級、TOEIC 990点、SAP関連資格などを保有している。

主な著書に『実践 シナリオ・プランニング』、訳書に『プロダクトマネジャーの教科書』、『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『90日変革モデル』、『世界のエグゼクティブが学ぶ 誰もがリーダーになれる特別授業』(すべて翔泳社)などがある。